
『あんぱん』第62回より 写真提供:NHK
日本人の朝のはじまりに寄り添ってきた朝ドラこと連続テレビ小説。その歴史は1961年から64年間にも及びます。毎日、15分、泣いたり笑ったり憤ったり、ドラマの登場人物のエネルギーが朝ご飯のようになる。そんな朝ドラを毎週月から金曜までチェックし、当日の感想や情報をお届けします。朝ドラに関する著書を2冊上梓し、レビューを10年続けてきた著者による「見なくてもわかる、読んだらもっとドラマが見たくなる」そんな連載です。本日は、第62回(2025年6月24日放送)の「あんぱん」レビューです。(ライター 木俣 冬)
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● 主役を目立たせつつ気配は残す節子(神野三鈴)の名演技
「お国のためじゃろうと、なくしてええ命はひとつもない」(釜次〈吉田鋼太郎〉)
あっけなく亡くなっていく親しい人たち。
次郎(中島歩)も、千尋(中沢元紀)も。
いい人たちが亡くなっていく。
次郎の危篤を知らせる電報が来て、病院に駆けつけるのぶ(今田美桜)と節子(神野三鈴)。ときすでに遅く、次郎は息も絶え絶えで、言葉を交わすこともできない。かろうじて「のぶ」とつぶやき、手を強く握り、事切れた。
果たして、次郎は背後にいた節子のことが目に入っていたであろうか。
それでもベテラン神野三鈴の芝居はさすがだった。息子が亡くなった瞬間、腰が抜けたように後ろに体重をずらし、しゃがんだ姿勢で布団の上から足をさするような身ぶりをし、のぶの背後で激しくもがき続ける。
この一連の動作はのぶを目立たせるために最適なポジションで、かつ、気配は残している。大事な息子の命が消えるのを目の当たりにして、担当医の反応を確認しながら鼓動が激しくあがっているのが感じられ、顔が映っていなくても、痛いほど悲しみが伝わってきた。
荷物をギューッと強く握っている手だけで、のっぴきならない緊迫感も出た。節子、あまり出てこなかったけれど、この場面だけでも出てきてもらえたのは大正解である。これぞ老舗料亭の朝食という。
● はじめて蘭子(河合優実)の気持ちがわかった?
あっいう間に初七日が過ぎ、のぶは朝田家に挨拶にくる。
他人行儀で淡々としたのぶを家族は心配する。
のぶは食べ物も喉を通らないようだ。
「とにかく食べて眠る。こんなとき、そうするしかないがやき」と蘭子(河合優実)が声をかける。
大事な人を亡くしたことは蘭子とだけ共有できる。というか、のぶは、このときはじめて蘭子の気持ちが身にしみてわかったことだろう。
蘭子にそっと抱きしめられてのぶは涙を流す。もしかして、次郎が亡くなってからはじめてちゃんと泣けたのかもしれない。
そんないいシーンだったが「とにかく食べて眠る」というセリフに、この間までやっていて大人気だったNHKのドラマ『しあわせは食べて寝て待て』を思い出してしまった。どんなときでも、食べること、眠ることが大事なのである。
● 繰り返される駅での遭遇も、嵩(北村匠海)とはすれ違い
のぶが御免与駅で列車を待っていると、列車から降りてきたのは嵩(北村匠海)である。でもふたりはお互いのことに気づかないまますれ違う。
幼い頃、御免与駅ではじめて会ったふたり。あれから何度もこの駅で偶然会うことを繰り返してきた。ご都合主義的にこの駅で出会ってしまうのは、運命のふたりだからと片付けることが可能であったが、徐々にすれ違うようになっていて、今回もふたりはお互いのことに気付けない。それだけ、それぞれの身に降りかかったことで疲れ果てているのだろう。
嵩は中国体験ですっかり疲弊している様子。でも、あの弱々しかった面影がなく、なんかたくましくなって見える。もともと北村匠海は背が高く足も長いので、かっこよく見えてしまう。いや、別に悪いことではないが。
柳井家に戻ってくると、しん(瞳水ひまり)が外で掃き掃除をしていて、嵩を見て声をあげる。千代子(戸田菜穂)がなにごとかと出てきて、「よう帰ってきたね」と抱きしめる。
● 釜次(吉田鋼太郎)の声はいつもと違った背景
「千尋は?」と嵩が尋ねると、千尋は仏壇に納まっていた。写真と骨壺がある。骨壺の中を開けると、木札が入っているだけ。嵩の顔は虚無だ。
「生きて帰ってくるのは僕じゃなくて千尋だったらよかったのに」と、ぼんやりつぶやく嵩。
しんは「戻りたいがです」と、楽しかった寛(竹野内豊)と千尋と嵩がいた頃に戻りたいと泣く。
翌日、朝田家を訪れる嵩。まず目に入るのはラジオだった。気付いた釜次は、このラジオは千尋がのぶに譲ってくれた景品だったと語る。いわば形見のラジオだ。当時、釜次はものすごく欲しがっていた。あの頃は楽しい日々だった。
「お国のためじゃろうと、なくしてええ命はひとつもない」と釜次の声はいつもと違って重みがある。
これまで釜次も、お国のために国民が一丸となって頑張らないといけないと言ってきたが、時代が変わったら、言うことが変わっている。こっちが本気だからこそ、声が違うのだろう。というか、真実を思い知ったのであろう。でもその気付きは、かけがえのないたくさんの命と引き換えであった。
高知でひとり暮らしているのぶは、仕事もないので、次郎の残したフィルムを現像しはじめた。
現像液のなかでくっきりしてくる画像。そこには、さまざまなのぶの顔があった。次郎の愛にあふれたまなざしを感じる写真の数々。亡くなった人の写真を見るよりも、亡くなった人のまなざしを感じる自分の写真が並ぶ感覚にはいっそう悲しみが募りそうだ。
だが、最後に一枚、次郎の写真が出てきた。
のぶが1枚撮っていたのだ。1枚も撮らないままになってしまったのではないかと筆者はずっと心配していたからホッとした。でもそれはピンぼけだった。作者は戦場カメラマン、ロバート・キャパの『ちょっとピンぼけ』を意識したのだろうか。
● フォトギャラリー 主なシーンより
● 第13週(6月23日〜27日) 「サラバ 涙」あらすじ
終戦から5か月後、のぶ(今田美桜)は入院中の次郎(中島歩)の見舞いに、海軍病院に通っていた。努めて明るく振る舞っていたのぶは、次郎にあることを打ち明ける。話を聞きながら、ノートに速記で何かを書く次郎。速記の文字を不思議がるのぶに、今度教えてあげると言う次郎だったが…。それから1週間ほどたったある日、無精ひげに軍服姿の嵩(北村匠海)が御免与駅に降り立つ。
● 連続テレビ小説『あんぱん』 作品情報
連続テレビ小説「あんぱん」。“アンパンマン”を生み出したやなせたかしと暢の夫婦をモデルに、生きる意味も失っていた苦悩の日々と、それでも夢を忘れなかった二人の人生。何者でもなかった二人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語です。
【作】中園ミホ
【音楽】井筒昭雄
【主題歌】RADWIMPS「賜物」
【語り】林田理沙アナウンサー
【出演】今田美桜 北村匠海 江口のりこ 河合優実 原菜乃華 高橋文哉 中島歩 奥野瑛太 神野三鈴 浅田美代子 吉田鋼太郎 妻夫木聡 ほか
【放送】2025年3月31日(月)から放送開始
木俣 冬