老後の決意:家族という名の他人
私は65歳の主婦。
近所に住む知り合いの主婦、シモさんという人に招待されたことがあった。
夫は既に他界しており、息子家族との関係に、特に長男家族との関係に、今の私は少しばかり疲れを感じていた。
これまで何度もお金の援助をしてきたからだ。
車の買い替え、マイホームの頭金、果ては子供の習い事代まで…。
そんな折、シモさんからのお誘いだった。
当日、私は心を躍らせながら、長男の嫁、アヤカから指定された神社へ向かった。
しかし、到着した途端、驚きの言葉が待っていた。
「お義母さん、席は家族分しかありませんので」と、アヤカはにこやかに笑い続けた。
「お義母さんは立って見ててくださいね。すぐ終わりますから」。
私は耳を疑った。
何度も聞き返したが、どうやら本当に私の席はないらしい。
神社の境内に並べられた椅子には、長男、アヤカ、そしてアヤカの実家の両親が座っている。
私だけが取り残されている状態だ。
あれだけ援助してきたのに、これは一体…。
怒りと悲しさで胸がいっぱいになったが、そんな私の様子を見ても、長男もアヤカも気づかない。
いや、見てみぬふりをしている。
法要が終わり、私に対する感謝の言葉どころか、アヤカは更なる追い打ちをかけた。
「お義母さん、今日は家族水入らずで食事に行くので、もう帰ってもらって大丈夫です」。
目の前で、孫が嬉しそうに手を引かれ、車に乗り込んでいく。
それを見送る私は、まるで他人だ。
そうか、私、家族じゃないんだ…。
この瞬間、私は心の中で決意した。
もう援助は一切やめよう。
これまで援助してきたのは、長男家族を支えたい一心だった。
しかし、こうして他人扱いされるなら、私も彼らと距離を置こう。
数日後、私は淡々と行動に移した。
長男家族の習い事代や保険料など、毎月の振込を全て停止した。
これまで渡してきたお金については一切口を出さない代わりに、今後の支援は一切しないと伝えた。
家族として大事にされない以上、それなりの距離を取ることにした。
電話が何度も鳴ったが、私は出なかった。
アヤカからは「お義母さん、何かの間違いですよね?」というメッセージが来たが、無視した。
それから1年後、私は近所の友人たちと毎日楽しく過ごしていた。
仕事や趣味のカフェ巡り…。
これまで長男家族に費やしてきた時間とお金を全て自分のために使うようになった。
そんなある日、予想外の出来事が起こる。
ピンポーンとベルを鳴らすと、そこには困り果てた長男とアヤカが立っていた。
アヤカは今にも泣きそうだ。
「お母さん、すみません。少しだけお願いできませんか?」。
どうやら私が援助を辞めた途端、家計が一気に苦しくなったらしい。
「今更何を言っているの?」私は静かに言った。
「ごめんなさいね。席は私の分はないんでしょう?」。
その瞬間、アヤカの顔が真っ青になった。
長男は「母さん、本当にごめん」と頭を下げたが、もう遅い。
「私はね、あなたたちにとって他人なんでしょう?」
私は彼らの申し出をきっぱりと断り、ドアを閉めた。
後日、私は仲の良い友人たちと温泉旅行へ出かけた。
露天風呂の中で笑い合い、心から幸せを感じた。
自分の人生を楽しむ。これが一番大事。
他人扱いした彼らがどうなったか、それはもう私には関係ない。
私は自分を大切にしてくれる人と、これからの人生を楽しんでいくのだ。
人生最後に笑ったものが勝ち。そういうものよね。
最後までご視聴いただき心から感謝申し上げます。
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