戦後日本の演劇界における“風雲児”といえば、劇作家で演出家のつかこうへいさんだ。このほど、生前に彼が手がけた名作舞台が初めてミュージカル化される。
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つかこうへいの作品を未来に届けるミュージカル
8月8日から東京・新宿の紀伊國屋ホールで開幕した、「つかこうへい戦後80年に問う革命ミュージカル『新・幕末純情伝』」で、主演は今年6月にアイドルグループ「AKB48」を卒業したばかりの村山彩希(ゆいり・28)が務める。
演劇記者が解説する。
「舞台は幕末の京都。剣術自慢が集まった新撰組の中でも屈指の遣い手として知られた沖田総司が、実は女性だったという奇抜な設定です。平成元年にパルコ劇場で初演されて以来、繰り返し再演が続いているつかの代表作ですね」
村山彩希
演出を担当するのは、つかさんの弟子だった演出家の岡村俊一(63)だ。本人がミュージカル化の理由を語る。
「つか作品は、昨今では認められないパワハラやセクハラまがいの表現が盛り込まれています。だから、作品としてどれだけ優れていても物議を醸してしまうんです。そこで、つかの作品を未来に届けるために考えた手法がミュージカル化でした。“音楽の力”を借りることが、つかの哲学や文体をゆがめることがない、最良の手段だと思っています」
「自分だから出せる沖田総司の色を」
主演の村山にとって、本作がソロになってからの初仕事となる。とはいえ、14年在籍したAKB48の劇場公演では歴代最多の1358回という出演回数を誇る。ファンの間では“シアターの女神”と呼ばれていたとも。その村山が言う。
「応援してくれる方に、新たな一面を見せたいのはもちろん、私の卒業をきっかけに何かを始めた方、あるいは始められない方への後押しになればと。AKBにいた頃から“メンバーのため”“ファンのため”との意識でステージに立つことが私の活力になっていました。いまの自分ができることを、最大限に表現したい」
過去の舞台では藤谷美和子(62)、広末涼子(45)、石原さとみ(38)、桐谷美玲(35)らが、平成3年に公開された映画版では牧瀬里穂(53)が主演を務めた。
「沖田総司の役柄はいろいろな方に受け継がれ、その都度、演じる人によって彼の色は違ってきました。そう思うからこそ、私は自分だから出せる沖田総司の色が見つかればと思っています」
男性キャストに囲まれて
天才剣士の役回りだけに、劇中は刀を手に激しく立ち回るシーンが登場する。
「殺陣が初心者だったので、動きや所作を体になじませるのに時間がかかりました。演じていくうちに、総司として刀を振らなきゃいけないことに改めて気付いたり。殺陣をこなしながらセリフを言ったりとやることがいっぱいあって、苦戦しています」
他の登場人物は、美貌の総司に言い寄る坂本龍馬や新撰組局長の近藤勇など。村山以外のキャストはすべて男性で占められている。
「私はシンプルに人見知りなので、最初の頃は稽古で分からないことなどをため込んでいました。でも、共演者の方々は稽古の際に積極的に会話に加えてくれたり、時にはアドバイスをしてくれることも。舞台を良くするために、みんなで試行錯誤するのがとても楽しくなりました」
先の岡村は、そんな村山に大きな期待を寄せる。
「通算1300回以上の公演を通じて観客と生きてきたアイドルです。歌やダンス、演技は一級品ですから、つかの世界を真っ直ぐに生きてくれると思います」
つかさんの死去から15年。名作舞台は形を変えて、再びファンを魅了できるか。
「週刊新潮」2025年8月7日号 掲載