「演劇は不要不急じゃない」斎藤歩が最後に仕掛けた“笑いと不条理“4年ぶり再演『劇後鼎談(アフタートーク)』が問いかける、演劇の意味とは<北海道・札幌市>

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 「俺、面白いの思いついたんだよ」
 『劇後鼎談(アフタートーク)』――2021年、コロナ禍の真っ只中で生まれたこの不条理劇が、残されたキャストたちの手によって再び舞台に立ち上がる。作・演出は、2025年6月にがんで逝去した劇作家で俳優の斎藤歩さん。彼が「演劇は不要不急なんかじゃない」と信じて書き下ろした、ユーモアと毒と飛躍に満ちた作品だ。

2021年に上演された「劇後鼎談」斎藤歩さん(右) 撮影:高橋克己
2021年に上演された「劇後鼎談」斎藤歩さん(右) 撮影:高橋克己

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不条理から宇宙へ――脱線していくアフタートーク

 札幌座の俳優・磯貝圭子さんは、当時のことをこう振り返る。
「コロナ禍で、舞台公演が次々中止になる中、(斎藤)歩さんが反骨精神で書いた作品だと思います。“演劇は不要不急なんかじゃない”っていう意地もあったんじゃないかなと」

 物語は、ある架空の舞台の終演後、出演者たちが舞台挨拶のように客席に向かって話すアフタートークから始まる。しかし、この“アフタートーク”は一筋縄ではいかない。感想を語り合ううちに話題は脱線し、やがてアフタートークの存在意義そのものに疑問が向けられ、ついには宇宙へと物語が飛躍していく……。

 「始まると、“こういうの見たことある”って思うかもしれません。でもその“見たことある”という体裁を取りながら、話がどんどん横道にそれていって、最後には宇宙の彼方に展開していくっていうとんでもない飛躍を見せる作品です」と磯貝さんは語る。

札幌座・磯貝圭子さん
札幌座・磯貝圭子さん



ごまかしのきかない「ただ座っている芝居」

 この「アフタートーク」をお芝居にするという逆転の発想、実は発案当初からタイトルまで齊藤さんの頭の中では固まっていた。

 「たまたま私が事務所にいた時に、“俺、面白いの思いついたんだよ”って、すごく得意げな顔して言ってきて。“新作だよ、新作。タイトルはアフタートーク”って。正直、最初は何が面白いんだろうって思ったんですけど、本当に書き始めた(笑)」

 動きの少ない構成である分、セリフ量は膨大。演技にごまかしがきかない分、役者としては難しい芝居だと言う。

 「座ってるだけの芝居なんですけど、その対話の中に嘘があると一発でバレるんです。音や動きでごまかせない。アフタートークって、ただの会話に見えるけど、人に見られている特殊な対話なんですよ。だから、ここでちゃんと会話してくれよ、っていうのを歩さんはこの作品で言っていたと思います」

 キャストが座り続け、ほとんど動かない演出だからこそ、観客の想像力も試される。その「演劇的強度」こそが、斎藤歩が託した演劇へのメッセージだったのかもしれない。

稽古中の明逸人さん
稽古中の明逸人さん



4年後の今、“あれ何だったんだろう”と振り返る

 「ちょうど、初演から4年経って、みんながコロナ禍を客観的に振り返るのにいい時期かなって思ったんですよ。これが10年経っちゃうと、もう昔話になっちゃう。だけど今なら、消毒したり、アクリル板を置いたりしていたあの時の感覚がまだリアルに思い出せる。その中で、“あれ何だったんだろう?”と振り返るきっかけになるかもしれないと思って、再演を決めました」

 再演に向けた本読みは2025年4月1日に行われた。奇跡的に全員のスケジュールが合ったその日、斎藤さんは一度だけキャストと向き合い、脚本を読み合わせた。そのときすでに、いくつかのセリフに斎藤さん自身が手を入れていたが、それ以上の演出指示やアドバイスは残されていなかった。

 稽古に臨む札幌座・俳優の西田薫さんは、夫、斎藤さんの“ある教え”が浮かんでくるという。「常に言われていたのが、しっかり相手のセリフを受けるということ。覚えたてだったりすると、次のセリフ言わなきゃと思ってしまうのですが、ちゃんと相手のセリフを受けてということをものすごく言われたなって思いながら今やっています」

 「俳優ってどうしても“出す”ことに一生懸命になりがちですが、いい俳優、ちゃんとお芝居をする人って、やっぱり“受ける”ことが本当に上手だなと感じるので、だから私もしっかり“受ける”芝居をしていきたいと思っています」

札幌座・西田薫さん
札幌座・西田薫さん

新たなキャストを迎えた再挑戦

 稽古が本格化したのは7月7日から。初演から参加している磯貝さんや西田さんら札幌座のメンバーに加え、今回、ELEVEN NINESから納谷真大さん、明逸人さんが参加する。

 「動きでごまかすこともできないし、セリフも理屈で覚えないと出てこない。『これ本当ムズい』って、納谷さんと明さんも言っていて。役者にとっては難しいですよね」

 演出家不在のなか、俯瞰で全体を見る視点の重要性を感じながらも、キャストたちは試行錯誤を重ねている。「明さんと納谷さんが、それぞれの持ち味を活かしつつ、歩さんが示した方向にどう寄せていくかっていうその“バランス”を、これからの稽古で詰めていくことになると思います」と磯貝さん。

 そして、キャストの一人でもある西田さんもこう語ります。
 「当初は出演も予定していた斎藤歩は出演せず、演出もせずということになっておりますが、その思いをしっかりと札幌座のメンバーは受け継ぎながら、新たな作品としてお届けしたい。

 でも、楽しんでいただける、ただのアフタートークじゃないよ。ちょっと変なところに行っちゃうアフタートークだよね」

 「斎藤歩がいなくなったっていうことで、じゃあつまんなくなったんじゃない?とは思われたくはないですね。『斎藤歩がこうやって、種をまいていったものを、しっかりこれからも育てて、いけそうだね』と思っていただけたらいいなと思います」

稽古中の山本将平さん(左)、納谷真大さん(右)
稽古中の山本将平さん(左)、納谷真大さん(右)

 磯貝さんは「この作品は、歩さんが書いた最高の不条理劇だって思っています。コロナ禍だったので、“演劇なんて不要不急なものだ”みたいに言ってくるけど、
『お前たちに芸術だったり、実際に舞台作品作ってる人たちの何がわかるってんだよ。いつも勝手なことばっかり言いやがって』みたいな、怒りのようなものが、そこはかとなく感じられますね」と語ってくれた。

 『劇後鼎談』は、不条理と笑いが共存するお芝居です。ちょっといかついタイトルに驚くかもしれませんが、実はとても軽やかに楽しめる喜劇でもある。観る者の想像力を刺激し、問いかけ、突き放し、また笑わせる。

 「演劇は不要不急なんかじゃない」斎藤歩が最後に仕掛けたこの舞台は、きっと今を生きる私たちに、何かを残してくれるはずだ。

【公演情報】
札幌演劇シーズン2025 参加作品
札幌座 『劇後鼎談(アフタートーク)』
作・演出:斎藤歩
作曲・演奏:山本 将平
日程:2025年8月9日(土)〜16日(土)
会場:ジョブキタ北八劇場(札幌市北区北8西1)

2021年「劇後鼎談」西田薫さん(左)、西田薫さん(右)  撮影:高橋克己
2021年「劇後鼎談」西田薫さん(左)、西田薫さん(右) 撮影:高橋克己

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